今、同区で平和委員会の結成の胎動が聞こえます。薬剤師の中村玉枝さんがその中心。中村さんは「会をつくるなら、将来のことも考え青年たちを包み込んだものにしたい」と考えています。まずそのとっかかりとして区内の青年たちといっしょに実行委員会を立ち上げ映画「放射線を浴びた『X年後』」自主上映会を4月6日(日)実施することにしました。そして今、この映画会を一緒に取り組む青年たちとともに5月11日の大阪総会までに会を結成できたらと仲間づくりに奮闘中です。中村さんより本紙で会の誕生まで随時報告してもらうことにします。
『X年後』上映会に向けて
2011年3月11日の東日本大震災・福島原発事故から、早2年近くになろうとしていますが、遅々として復旧・復興がすすんでいません。避難されておられる方々の内部被爆の事実も明らかにされないまま、少しずつ風化してきているのではないかと思うのは私だけではないと思います。
この映画は、59年前の3月1日にマーシャル諸島、ビキニ環礁で「ブラボー」と名付けられたアメリカの水爆実験を中心に、水爆実験の様子やその後降り注いだ「死の灰」の行方、有名な「第五福竜丸」だけでなく、約900隻が被害を受けたこと、その中の高知の高校教師や高校生たちが被害調査を丹念にされた事実を映画化されたものです。
アメリカはキャッスル作戦と称し、その後5月までに6回もの水爆実験を行っています。「第五福竜丸」が帰ってきて同年12
月末まで、放射線の汚染魚が廃棄されましたが、大阪港でも船隻数は168隻で全国最高数、廃棄量は2万貫とされています。廃棄数では三崎港が一番多く151隻5・2万貫です。年が変わった翌日からは、一切廃棄されることはありませんでした。
ビキニ環礁で何が起きたのかを知ることは、福島の原発事故後の「X年後」をもの語るものとなるのではないかとしたら・・・。ぜひ多くの方々に、特に青年たちに鑑賞していただき、福島支援のために何ができるのか、今後犠牲者を出さないための取り組みは何か、一緒に考えあいたいと自主上映会を企画しました。
監督さんは、大阪でも幡多高校生ゼミナールのような実態調査を実施して欲しいと訴えられており、何とかフィールドワークができないものかと考えています。
これまで、原水禁世界大会やNPT、福島へのボランティア参加の青年たちが反核、平和を持続的に考えてもらえるよう、西淀川平和委員会をたちあげるきっかけになればと考えて取り組んでいます。 (中村玉枝)
1月27日生野区で平和委員会主催のつどいが開かれ75
人が参加、大盛況となりました。まず戸井会長より「『原発ゼロ』の取り組みと平和憲法を守る運動で平和委員会はその役割を大いに発揮しよう」との挨拶。次に、お待ちかねの「若駒」の舞台。「南京玉すだれ」や「八木節の太鼓・鐘」では参加者も舞台で一緒に楽しくパフォーマンス。
生野南の「虹の家・食事会」の皆さんのたっての要望もあり急遽、参加していただきました。演武に合わせ手拍子を打つ、満面笑顔の姿に接して「見にきてもらってよかった」とみんな思いました。
今年も小路の高田さんが「千両箱」を担いで登場。8千円のカンパが寄せられました。
なお、この行事を取組む中で2人の仲間と1人の新聞読者が増えました。
1月26日、「カワタカフェ」がもたれ18名の参加者は講演とシャンソンで素敵な夕べを過ごしました。
パートⅠでは川田忠明(平和委員会常任理事)さんが「平和とジェンダー―なぜ女性の役割が重要か」と題してパワーポイントも使って講演。その後、ファンミーティングさながら、ざっくばらんに質問する時間が持たれました。
パートⅡでは松浦由美子さんがシャンソンを熱唱しました。
平和創造における女性の役割を解き明かした川田さんの話と松浦さんの「ヨイトマケの歌」「人間を返せ」などの歌が共鳴して参加者の目に涙があふれる場面もありました。
参加者は、日本航空に不当解雇撤回を求める裁判の原告の女性など多彩な顔ぶれでした。
「とても素敵な企画で感激しました」「難しい話をソフトな語り口なので本当にゆっくりと耳を傾けることができました」「松浦さんいつもステキです」と多くの感想が寄せられるとともに、2人の女性が入会されました。
2月2日、上羽・大阪平和委員会事務局長に講演「安保をなくせばこうなる」を、保育士の尾上さんにギター演奏をしていていただき、第3回天王寺平和委員会総会を28名の参加で成功させることができました。また、総会の中でこの間の取り組み報告と1年間の方針・財政報告・新役員体制が承認されました。
そして、会員1名、平和新聞2部、平和運動誌1部、淡路島戦跡めぐりバスツアー3名の参加の申し込みがありました。
参加者は安保問題と安倍政権の憲法改悪の動きに怒りを燃やしながら真剣に学習、そのあとのギター演奏「たんぽぽ」では東日本大震災の悲惨さと支援の必要性を涙ながらに聞き、若い尾上さんからたくさんの元気をいただきました。17名の方から感想文が寄せられました。また会場から「自衛隊基地・舞鶴港見学」希望も出されました。
〈感想文より〉
◇日本はほんとうの独立国でないことが理解できた。安保条約の中味がもっと周知されることが大切と思う。
◇無知なことは悪いことを痛感しました。学習の大切さをあらためて思いました。
◇いろいろな角度から安保を考えることができました。ぎりぎりのところに私たちは立っているけれど、これを跳ね返せば、新しい大きな一歩になる、やりがいある年に生きているのだと思いました。広く知らせていくこと、話し合うことが大切と思いました。(資料よかったです)
◇私、久しぶりにギターを聞いてすごく良かったです。
◇東北でつくった歌が素晴らしく、青年はやっぱりいいなとつくづく思いました。
◇たんぽぽのCD化期待します。(大阪平和委員会
事務局次長 吉田)
1月25日北区平和員会主催のつどいが行われました。参加は25名でした。DVD「どうする安保」(日本平和委員会)を見た後、平和への思い、抱負を語りあいました。
このつどいには、同じ区内にある関西共同印刷所平和員会の青年も参加。地域と職場が食事もしながら交流できたことは地域と職場の今後の共同連携のあり方を探る上でも意義のあることでした。。
1月28日沖縄県内全41首長 と議長が上京し、オスプレイ配備や普天間基地の県内移設の断念を求める「建白書」を直接安倍首相に手渡しました。また、その前日にはその行動に連帯する集会(写真)が日比谷野外音楽堂で開催され田口理事長・上羽事務局長も大阪平和委員会の旗を持って参加しました。
2月10日より1泊2日の全国青年研修会が奈良県桜井市で開催されました。
この催しは、橋本会長が平和憲法の成り立ちと値打ちについて講演、近藤副会長が旭区平和委員会の歴史と運営についての苦労話を披露するなど大阪平和委員会が全面的にバックアップしました。
大阪からは9名の青年含め13名が参加しました。
2013年2月12日
大阪平和委員会
会長 橋本 敦
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)政府が本日、核実験を強行したことに断固として抗議する。
人類と共存できない最悪の非人道兵器である核兵器を開発することは、いかなる国でも許されない。核実験を強行する北朝鮮政府の態度は、自らこれまで合意してきた朝鮮半島の非核化めざす国際合意に背き、北東アジアの平和と安定を脅かすものである。
北朝鮮政府は、1992年の「南北非核化宣言」、2000年6月15日の「南北共同声明」、2002年9月17日の「日朝平壌宣言」、2005年9月19日の第4回6カ国協議共同声明などを遵守し、核兵器開発計画を放棄し、「6カ国協議」への復帰など、朝鮮半島の非核化と北東アジアの平和の実現ための努力をすすめるべきである。
日本政府を含む国際社会も、北朝鮮政府がこうした国際合意に沿った平和的な努力に復帰することを求めることに力を尽くすべきである。日本政府自身も軍事的対応に終始するのではなく、非核のアジアと世界をつくる被爆国にふさわしい積極的イニシラティブを発揮する立場で、外交努力を強めるべきである。