(戦後70年「平和のつどい」案内ビラPDF
ワードはコチラ)
戦争法案は廃案に!大阪集会(7月18日)
「STOP!安倍政権・戦争 案阻止!6・23府民集会」で青学部決意表明
関目学園で「戦争法案学習会」(7月8日)
衆院強行採決に平和6団体抗議宣伝 (空堀商店街 7月8日)
国民平和大行進 大阪府内行進(6月30日~7月7日)
《今月の言葉》
日本平和委員会定期全国大会が奈良市内で開かれる(6月20日~21日)
《大阪・沖縄連帯支援ツアー報告》 (6月26日~29日)
第13回北区総会開かれる(7月10日)
◆「9条世界会議・関西2013」記念イベントが開催(10月14日 大阪市中央体育館)
~青年会員がアピール~
◆オスプレイ参加・日米合同演習反対「あいば野集会」(滋賀県高島市 10月6日)~大阪平和委員会―各地域から参加~
◆大阪平和カフェ
~戦争体験談に涙、口笛演奏に拍手~(9月28日 府教育会館)
◆2020年オリンピックの東京開催決定にあたり、大阪平和委員会青年学生部の見解(ワード版はコチラ)
◆日本平和委員会関西ブロック会議―全6府県の事務局長参加で開催(大阪 9月23日)
◆オスプレイを参加させる、あいば野日米共同訓練および、高知県共同防災訓練の中止を求める(9月9日 ワード文書)
◆オスプレイを撤去させよう!~北区16名で学習会~
◆青年学生部・青年協議会 大活躍!!
・ノーモアヒバクシャ訴訟傍聴、海外代表と語ろう「ピースおおさか」で海外代表と交流、原水爆禁止世界大会、オスプレイ追加配備反対岩国集会、京丹後・Xバンドレーダー反対集会への参加など青年大奮闘
◆私にとって初の原水爆禁止世界大会。すべてが新鮮でした。~青年協議長 岩本 悟~(8月9日)
◆安倍首相の靖国神社奉納、閣僚3名の参拝に抗議する(ワード文書はコチラ 8月16日)
◆オスプレイ反対!岩国市民集会に「大阪平和委員会」の旗翻る(7月28日)
◆「オスプレイは八尾空港に来るな!」―平野区で連帯集会(7月15日)、東大阪市長も「オスプレイ反対」と回答(7月15日)
◆大阪で始まる―2013年「国民平和大行進」(6月30日~7月7日)
◆大阪平和委員会へのアクセス・マップ(地図)ができました。ご利用下さい。(画像と、PDF)
◆雨にも負けず―オスプレイ来るな!やお市民集会(6月23日)
「オスプレイ訓練容認の問題点明らか」
◆日本平和委員会の千坂事務局長と八尾空港視察(6月10日)
「オスプレイ訓練容認の問題点明らか」
◆橋下「慰安婦必要」松井「八尾にオスプレイ」ーふたりは暴言を撤回謝罪し、公職から去れ!~暴言問題で申し入れ及び宣伝行動~
◆橋下市長の「慰安婦は必要だった」発言に抗議し撤回を求めます(5月13日)
◆大阪平和委員会青年協議会結成される(4月28日)
◆「核不使用声明」日本政府賛同拒否に抗議(声明 ワード4月26日)
◆安倍首相の靖国神社奉納、麻生副総理の参拝に抗議する(ワード 4月22日)
◆大阪平和委員会「女性カフェ」開催~皆さん学び歌いくつろぐ~(4月20日)~
◆ピース・メッセージ~河戸翔平さん~(平和運動誌4月号より転載)
◆春の日を浴びて~「淡路島・戦跡めぐりバスツアー」(3月17日)~
◆サンフランシスコ講和条約・日米安保条約が発効した4月28日を「主権回復」の日として、政府主催記念式典を行う閣議決定の撤回を要求する。(ワード文書)
◆《日本平和委員会第10回全国青年平和研修会》
「学習満載でよかった」
日本平和委員会・青年研修会ー奈良で開催
◆西淀川区平和委員会結成にむけてー新たな動き
平和委員会結成へ~将来のことを考え、青年たちと一緒にやりたい~
◆~春の催し~淡路島・戦跡めぐりツアー開催(3月17日)
◆女性向け”講演とシャンソン”の夕べ『カワタカフェ』開催(1月26日)
◆女性&青年向け新春行事~従軍慰安所跡地&焼き芋ツアー~(1/21)
◆『旭区平和委員会』ホームページのリンク表示ページができました。
◆2013新年の挨拶~平和委員会会長 橋本敦さん、天王寺平和委員会会長 大江憲夫さん
◆今年の抱負~関共平和委員会、青年学生部 大江憲夫さん
◆ゴラン高原PKOの一日も早い撤収を(声明)
内閣総理大臣および防衛省にFAX送付(12月15日)
◆大阪平和委員会ー12月の青年部会~「平和」のイラスト化など多彩に!
◆米軍基地をなくした国-フィリピンを訪れて-田口洋二大阪平和員会理事長
◆大阪平和委員会37人で第2回平和学校~「平和な日本とアジアをどうつくるか」~
◆領土問題一色の陸上自衛隊八尾駐屯地の公開行事(10月6日)
◆橋本会長の特別訴え「オスプレイはアメリカに帰れ」(その1)
◆領土問題一色の陸上自衛隊八尾駐屯地の公開行事(10月6日)
◆K事業所で再結成にむけ準備会(9月24日)
◆オスプレイ模型・グアム平和ツアー写真展!
社会フォーラム(9/16)で好評
川柳大評判!「普天間観る会」(9/11)で
◆K印刷労組「平和を学び語るつどい」開催報告(9月7日)
◆「自衛隊の国民監視を許せば戦争がやってくる」ー大阪平和委員会「平和学校①(8月25日)」
◆原水爆禁止世界大会 即れぽ号
◆帰れオスプレイ岩国集会(7/22)
◆帰れオスプレイ! 平吉くんと和子さんのオスプレイ談議
◆会員1300人に
◆関目学園〈平和のひろば〉若者ら12名で学習会
10月14日(月・祝)大阪市内で「9条世界会議・関西2013」記念イベントが開催されました。
先の参議院選挙の結果、改憲を掲げる政党が多数の議席を獲得し、いま憲法は危機を迎えています。自民党改憲草案は、戦争放棄の9条のみならず、96条改悪という立憲主義の根本を覆す内容で、現憲法を全面否定するものとなっています。
こうした中で開かれた9条世界会議には12ヵ国23名の海外ゲストも含め5000人が参加。憲法9条の世界的意義を討論し、世界に発信する国際的な会議となりました。
若者のアピールでは、西淀川区の障がい児支援学校で教えている女性会員が障がい児の置かれた厳しい状況を憲法に照らして告発しました。
大阪平和委員会は、当日午前10時からブースで「10・6あいば野集会」の様子、「オスプレイはどんな輸送機か?」、「なぜオスプレイは危険か?」を知らせる大ポスターを展示しました。あわせて、青年学生部はキャンディーと入会案内入りのハロウィーン・グッズを見学者に配布し3名の会員、1人の新聞読者を増やし、16枚の「9条ティーシャツ」を販売しました。
なお、高校生平和サークル「たこピー」の2013原水爆禁止世界大会・長崎「参加報告集」(500円)も8冊売れました。
10月6日(日)あいば野でのオスプレイ参加の日米合同演習に反対する集会とデモが滋賀県高島市で1100名の参加で開かれました。この集会には大阪各地にある大阪平和委員会の組織(基礎組織)から多数の会員が参加し、「あいば野にオスプレイ来るな!」の声を全国の仲間とともに張り上げました。
10月7日から18日にかけ高島市のあいば野演習場及び今津駐屯地で米海兵隊と陸上自衛隊中部方面隊による日米合同演習が行われます。今回の演習には、オスプレイが1~2機参加し、敵地に兵士を送り込みおろすヘリボン作戦に携わります。
オスプレイは6月と8月に墜落炎上の事故を起こしたばかりです。オスプレイは16日に高島市に来て作戦に加わりますが、どのルートで飛来するのか不明で高島市民は不安な毎日を過ごしています。
防衛省は、オスプレイ参加・日米合同演習は沖縄の負担軽減になると説明しています。今回の訓練は、沖縄ではできないから、あいば野でおこなう―日米安保の強化にほかなりません。オスプレイは、訓練が終われば、岩国基地経由か否かにかかわらず、「基地以外の上空ではヘリモードで飛ばない」などの約束を無視して配備先の普天間基地に帰還するだけで、何ら沖縄の負担軽減につながらないことは明らかです。
「オスプレイはあいば野に来るな!24機とも沖縄から米本土に帰れ!」の声を全国であげ続けましょう。
「今日は2人の戦争体験聞くことができほんとによかったと思います。戦争がどんなものかもっと多くの人に話していく必要がありますね」
「口笛がこんなに気持ちよく耳に響いてくるなんて思わなかった」
「『平和カフェ』のネーミングがいいですね。平和委員会はいつも“かたい”感じと思っていたのですが…」。
9月28日(土)「平和カフェ」(大阪平和委員会主催)が開かれ、青年3人を含む23人の参加者は、戦没者遺児と沖縄戦体験者の話および口笛演奏に耳を傾けました。
パートⅠではまず、大島守さん(平和を願い戦争に反対する戦没者遺族の会代表)が戦没者遺児としてつらい戦後体験を語り、「私の父のような240万の戦没者の代替として今の憲法前文と9条がある」と強調しました。続いて、海江田登美子さん(福島区在住)が沖縄の地図を示しながら、子ども時代に沖縄戦を生き延びた過酷な体験を目に見えるように語り、「二度と戦争はごめん」と強調しました。
パートⅡでは口笛演奏世界大会(2007年アメリカ)ティーンの部優勝者の儀間太久実さんが華麗な口笛でトルコ行進曲など6曲を披露してくれました。
素晴らしい話、きれいな口笛演奏、おいしいお菓子と三拍子そろった2時間でした。
この会議の主な目的は、
①「日本平和大会in岩国」(11月15日(金)~17日(日))の成功に向けた取り組み
②オスプレイ参加の滋賀県あいば野日米合同訓練と京丹後市経ヶ岬へのXバンドレーダー米軍基地設置を許さない取り組み
③秋の仲間づくりの強化のための交流と意思統一でした。
会議のはじめに、千坂事務局長は次のような挨拶を行いました。
◆「安倍内閣が秋の臨時国会で成立を狙っている『秘密保全法』と『国家安全保障会議設置法』の両法案は、日本を戦争遂行のための監視社会に変える改憲策動の一環である。阻止運動を広げよう」
◆「国内初の滋賀県あいば野演習場での日米合同訓練でのオスプレイの使用、近畿初の経ヶ岬へのXバンドレーダー米軍基地設置の動き。これらは、安保法制懇など集団的自衛権の行使を可能にする動きとぴったり一致するものだ。近畿から日米安保条約の強化反対の運動を広げよう」
◆「これらの情勢についての学習には、日本平和大会『憲法いかし平和なアジアを!』が役立つ。大いに活用しよう」
次に、6府県が順に発言しました。
大 阪:地方自治を守るため堺市長選を応援中。全国大会前にあわてて仲間づくりというのはダメ。10月を仲間づくり強化期間とする。平和新聞読者拡大が重点。
京 都:青年学生部の立ち上げの動きはいい兆しだが、会員数が中央・常任理事の選出基準数を下回っているのが不安材料。17日京都府知事と京丹後市長がXバンドレーダー受け入れ表明。10月27日(日)に内藤功弁護士を招いて舞鶴で学習会を開催するなど反撃に出たい。
滋 賀:平和大会へは昨年の2倍は派遣したい。「ふるさとを米軍に使わせない会」中心に10月6日(日)の「オスプレイ来るな!あいば野集会」の成功に向けて奮闘中。そのためポスター、ミニビラを大量作成し宣伝強化。
奈 良:9日理事会開催。会員減っているが、来年千葉全国大会までに900人めざしがんばりたい。奈良安保の新事務局長決まった。県会計は2人で担当。10月に大阪と共同で平和散歩を実施。
兵 庫:6団体で平和大会に対応。92名で学習会成功。その半数が未会員、この人たちを会に迎え入れたい。18、19日に低空飛行訓練調査を実施。
和歌山:7~9月の集金は遅れている。県会員300人をめざしている。有田で基礎組織できそう。徳島へバスツアー。
なお、会議終了後、全参加者は、同じ会場で午後2時半から開かれた「近畿安保課題情報交流会」に出席しました。
北区平和委員会は、9月5日(木)の夕、北区民商3階を会場に「オスプレイを撤去させよう!」をテーマに学習会を開催しました。最初に、大住会長が「大阪では橋下・維新の会が八尾空港にオスプレイ訓練を受け入れると表明している。10月の滋賀県・あいば野日米合同演習にはオスプレイを導入する計画がすすめられている。京都では経ヶ岬に関西初の米軍基地となるXバンドレーダーが設置されようとしている。近畿でのオスプレイ配備・米軍基地強化反対の取り組みが重要なものとなっていることから、この学習会を開いた」とあいさつしました。次にDVD「オスプレイを撤収させよう(改訂版)」(谷川眞企画/製作)を22分間観たあと、大阪平和委員会の上羽事務局長がオスプレイをなぜ撤去させなければならないかについて30分以上に渡り話しました。その後、質疑応答がなされました。
Q:「オスプレイはなぜ危険なのか?」
A:「オートローテーション機能が欠如(日本の航空法違反)していて、何度も大きな事故を起こしている欠陥機だから」
Q:「米軍はなぜそんな危険なオスプレイを日本に導入しようとしているのか?」
A:「ひとつは、オスプレイは前任機CH46ヘリに比べ兵士や物資をはやく多く遠くへ戦場に送ることができるから(戦力の向上の面)。ふたつは、オスプレイをつくっているベル/ボーイング社は、事故の多発、米国防予算の削減等で当初の900~1000機の調達目標を達成できていない。日本に導入しそれをバネに自衛隊への売り込みをはかりたいから(「死の商人」の経済的理由の面)。また、自衛隊にオスプレイを導入できれば米軍戦力の肩代わりにもなるから」
大阪平和委員会青年学生部・青年協議会の青年たちの活躍が注目の的になっています。
8月2日(金)にノーモアヒバクシャ訴訟(原爆症認定訴訟)・近畿で判決が出て、原告8人全員が認定され全面勝訴となりました。この裁判の傍聴には青年会員の藤沢ちかさんの姿がありました。
また、この判決のあと行われた「海外代表と語ろう ピースおおさか」には藤沢さん含め4人の青年会員たちが参加し、原水爆禁止世界大会に参加する海外代表、とくに同世代のマラヤ・ファブロスさん(フィリピン)と和やかに交流しました。
原水爆禁止世界大会・長崎(8/7~8/9)には青年協議会議長の岩本悟さん(その参加感想はすでにHPに記載中)はじめ10名以上の青年会員が参加しました。9日の閉会総会では、辰巳孝太郎・日本共産党参議院議員とともに檀上にあがり、大阪での平和行進や「核兵器全面禁止のアピール」署名のとりくみについて報告しました。
この長崎大会では6名の青年が大阪平和委員会に加盟し、若者の平和の輪が大きくなりました。
こうした活躍の原動力となっているのは、青年学生部・青年協議会が毎月10名を超える青年を集めて大阪平和委員会事務所で実施している「定例会」…。8月24日の定例会(写真)には16歳の中学生も含め12名の会員・未会員が寄り集まり、おやつを口に頬張りながら原水爆禁止世界大会・長崎、オスプレイ追加配備反対岩国集会(7/28)、京丹後・Xバンドレーダー反対集会(6/15)への参加報告の聞き取りやディベート「核兵器はなくせるか?なくせないか?」をおこないました。この定例会でも参加した未会員がひとり会員になってくれました。
次回の定例会は、9月21日(土)午後2時から大阪平和委員会事務所で行われます。若いあなたの参加をお待ちしています…。
2日目の分科会。青年のひろばに参加し、被爆者の方の話を聞きました。すべてが勉強でした。
広島では6日まで空襲警報が鳴っても爆弾が落とされないことが多く、少し空襲への警戒心が薄れていたかもしれないという話。終戦の際、戦争に負けたことが悔しくて悔しくて涙した話。後者は、学校教育による洗脳の話でした。私もそういった教育がなされていたことは話には聞いていましたが、やはり当事者から自分の耳で聞くことでより一層心に響いた気がします。これこそ現地で当事者から話を聞く意味だと思います。
ほかに私の班の被爆者の方の話で印象的だったのは、戦後すぐ、原爆投下後散らばってしまった友達の多くと再会でき、様々な活動をして「楽しかった」というもの。被爆者の方から「楽しかった」という言葉が聞けたのは貴重な体験のように思います。
班長をやらせていただきましたが、そちらは至らないことが多かったと思います。
その日の晩は青年企画の交流会。40人近く集まり、とにかく楽しかったです。入会してくれた方も何人かおり、そういった方と今後活動ができると思うと楽しみです。たつみコータロー参議院議員にも来ていただき、さらに盛り上がりました
日米両政府によりオスプレイ12機追加配備のための米軍岩国基地(山口県岩国市)への陸揚げが30日に予定されるなか、28日(日)午後、雨にもかかわらず、「オスプレイ追加配備抗議市民大集会」(参加者1200人)が岩国市役所前公園でひらかれました。集会では追加配備撤回を求め、沖縄をはじめとする全国の人々との連帯を強化するアピール文が採択されました。
大阪平和委員会は、今回のオスプレイ12機追加配備は八尾市を含め全国をさらにオスプレイの危険にさらす暴挙と考え、集会への3名派遣を行いました。
大阪でも、松井大阪府知事による「八尾空港へのオスプレイ訓練受け入れ」発言に端を発してオスプレイ反対の学習会や集会を成功させてきています。
八尾市を中心に「八尾空港にオスプレイはいらない。日本のどこにもいらない」の世論と運動をさらに広げていきましょう。
オスプレイは八尾空港にも岩国基地にも普天間基地にも来るな!
7月15日には、八尾空港に隣接する平野区で「オスプレイ来るな!平野区民集会」が60名の参加で行われました。この集会は八尾市民に連帯と支援を行うため7月2日に結成された「平野区民連絡会」が主催したものです。
集会後、参加者は大阪市営地下鉄「八尾東」駅近くの公園まで沿道の人々に「八尾空港にオスプレイいらんで」と大阪弁で呼びかけながらデモ行進しました。
また、東大阪市では6月18日、東大阪平和委員会(小林徳子会長)は野田市長に対し「オスプレイ飛行訓練受け入れ提案」の撤回を求める要望書を提出しました。これに対し、野田市長は「オスプレイの八尾空港への飛行訓練受け入れについては、現在のところ大阪府より本市に対しての正式な提案や説明等は行われておらず、反対せざるを得ません」と回答を寄せました。
日米両政府は、7月29日にMV22-オスプレイ12機を米軍岩国基地に陸揚げし、8月に沖縄県普天間基地に追加配備する計画です。
21日投開票の参議院選挙で、沖縄県ではオスプレイ反対派の糸数議員が再選され、大阪でも6月23日の「オスプレイ来るな!八尾市民集会」に駆けつけデモ行進した辰巳孝太郎日本共産党議員(大阪平和委員会会員)が初当選しました。
大阪平和委員会は、辰巳孝太郎・国会議員に「オスプレイは普天間基地にも八尾空港にもいらない」の声を国政に届けてもらうとともに、草の根でも「オスプレイは来るな!」の運動をさらに広げる決意です。
6月30日、国民平和大行進が柏原市で奈良からバトンタッチされ、八尾市役所、東大阪市岩田公園へと進みました。
府内通し行進13名の中には大阪平和委員会常任理事の浅田健司さん(和泉)、田中薫さん(堺) のほか北川恒夫さん(旭区)、大島守さん(旭区)など多数の会員も含まれます。暑いなかですが、兵庫県川西市役所まで8日間体調に気をつけ元気に歩まれるように願っています。
国際政治の舞台では、原水爆禁止運動が当初から訴えてきた核兵器廃絶を求める流れが急速に支持を集めています。5月にジューネブで開かれたNPT再検討会議第2回準備委員会では、南アフリカが提案した核兵器の非人道的影響を告発し、廃絶を求める「共同声明」に80ヵ国が名を連ねました。
こういうもとでの「原水爆禁止2013世界大会」成功に向けた大切な行進です。
「核兵器も原発もいらない」の大きな声を大阪中に届けましょう。
「オスプレイ来るな!やお市民集会」が小雨のなか志紀西公園で300人の参加で開かれました。この集会は八尾平和委員会、八尾労連など10団体からなる「オスプレイ来るな 八尾連絡会」が主催したものです。
集会では、八尾平和委員会の事務局長も兼ねる奥村正憲事務局長が「松井大阪府知事の『八尾空港へのオスプレイ訓練の一部受け入れ』発言が、八尾市民の間に不安と怒りを呼び起こしている。小野寺防衛大臣は、『受け入れの第一条件は地元の同意だ』と発言している。八尾市長が反対を表明し、市議会の圧倒的多数の議員が会派を超えて抗議を表明しているが、もっと運動を広げて、できれば参議院選挙前に『八尾空港への訓練移転』断念を勝ち取りオスプレイ訓練の全国展開に歯止めをかけよう」と基調報告をしました。
また各界発言では、飯田さん(志紀中学校元教諭)が「空港近くにある志紀中学では教室内に空調設備がなかったころの夏場は窓を開けて授業をしていたのでセスナ機などの離陸時の騒音で先生の質問の声が生徒に届かないことがあった。オスプレイの騒音はセスナ機どころではない。またよく墜落する飛行機と言われている。授業への影響と生徒の安全が心配でしかたがない。八尾での訓練を阻止するため全力を尽くしたい」と発言しました。
集会後、参加者は周辺の住宅地のデモ行進に移り、「オスプレイは八尾飛行場に来るな!日本全土からオスプレイを撤去しよう」と街頭の市民に力強く呼びかけました。
なお、大阪平和委員会からは地元の八尾平和委員会だけでなく、旭区、天王寺、北区、東大阪各平和委員会からも多数参加しました。また奈良県平和委員会からも河戸事務局長ら2名が応援に駆けつけました。
6月10日、千坂日本平和委員会事務局長が、杉本春夫共産党八尾市議のガイドで八尾空港を視察しました。田口大阪平和委員会理事長、上羽事務局長、奥村八尾平和委員会事務局長が同行しました。
以下は、この視察を通じてわかったオスプレイ飛来の問題点です。
①八尾空港は離着陸回数の多さは日本有数。一時間余の視察中に10機以上が離陸した。オスプレイは2~4機の編隊飛行が常。
この編隊のために民間機の空港使用が不可能に。
②定期便は飛んでいないが、10余の民間航空会社がセスナやヘリなどの小型機を運航している。自衛隊も利用している。自衛隊機の墜落事故も起き、右写真の東50mの所にその破片が飛んできている。
③周辺住民は大きな声では言わないが騒音に苦しんでいる。とくに冬場、自衛隊のヘリが朝5時からエンジンを始動させうるさがられている。オスプレイのエンジンテストは離陸まで通常30分。
④滑走路は二本(長い方は1500m弱)で風向きに応じて使い分けている。
⑤オスプレイの機体が不安定になる「転換モード」に入るのは、着陸地点の5キロ手前から。上の写真でわかるように空港5キロ圏内には工場、住宅、幼稚園、小・中学校、病院などが密集。
⑥平成一桁代以降滑走路の補修は行われていない。オスプレイの離着陸にはとても耐えられない。
橋下大阪市長は、5月13日旧日本軍による「慰安婦制度は必要だった」、また、沖縄の米軍司令官に米兵の性犯罪を防ぐために「風俗業の活用」を勧めたと発言しました。この暴言に国内外から発言の撤回と謝罪、辞職を求める声が殺到しています。
6月はじめ松井大阪府知事が、米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)に配備されている垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ訓練の一部を府内で受け入れ、八尾市の八尾空港を給油地点とする意向を持つと報道されました。
大阪平和委員会は6月3日に橋本敦会長名で知事に発言の撤回を求める声明を発表しました。
八尾、和泉、北区、旭区の平和委員会も抗議声明を出しました。
地元の八尾平和委員会は同日に大阪安保などとともに、4日に小松前日本共産党府議らと一緒に知事に発言の撤回を求めて緊急申し入れを行いました。
こうした動きに背中を押されて、5日八尾市会議員27名中の23名(維新関係4名を除く)が「八尾空港は住宅地や小中学校など教育施設などに囲まれた市街地に位置し、安全性が確保できていないオスプレイ訓練の受け入れは、27万人の市民の安全・安心を守るという観点から…到底容認することはできない」との抗議文を知事に提出しました。
しかし、知事は地元の声を無視して府民のいのちより軍事を優先し菅官房長官に「訓練受け入れ」意向を表明したと報じられています。
ふたりが暴言を撤回、謝罪し、公職を去るまで運動を強化しましょう。
橋下大阪市長 殿
2013年5月13日
大阪平和委員会
会長 橋本 敦
日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は13日、大阪市役所で記者団に戦時中の旧日本軍慰安婦について「銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて走っていくときに、精神的にも高ぶっている猛者集団をどこかで休息させてあげようと思ったら、慰安婦制度は必要なのは誰だってわかる」と語りました。
日本政府は、1993年8月4日、河野洋平官房長官談話で「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当ったが、その場合も甘言、強圧によるなど、本人の意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」と明記して、「官憲」が「強圧」によって、慰安婦を生み出したことを公に認めています。今回の橋下発言は、日本軍の犯罪であると日本政府が謝罪した「従軍慰安婦」強要を必要悪のごとく言いつのって免罪するもので、断じて許すことができない暴言です。
一方で、安倍晋三首相が「侵略の定義は定まっていない」と主張している点については「学術上、定義がないのは安倍首相が言われているとおり」と述べ、理解を示しました。 この発言は、侵略の定義が1974年国連総会決議3314で確定されていることを無視するもので日本の国際的孤立の契機となる可能性があるもので、その兆候は次のようにすでに顕在化しています。
韓国の国会は自民党副総裁らの靖国参拝と首相発言を糾弾する決議を採択しました。米議会調査局もこのほど、その日米関係報告書で安倍首相とその閣僚が「慰安婦」や教科書、靖国神社参拝などの歴史認識問題で「地域の関係をだめにしかねず、米国の利益も損なわれる」と懸念を表明しました。
今回、橋下市長が「慰安婦は必要だった」「学術上、(侵略の)定義がないのは安倍首相が言われているとおり」と発言したことに対し深く謝罪し撤回することを心から求めます。
以 上
4月28日(日)午後から大阪平和委員会事務所で青年協議会の結成総会が14人の出席で行われました。
これまで大阪平和委員会では若者たちが集うセンターは青年学生部ただひとつでした。このため大阪各地の学園、職場、地域で平和活動に奮闘している青年会員は、青年学生部の催しにビジターとして参加する以外同世代の会員と集い交流する機会がありませんでした。こんな状態を放置しておけばせっかくの若い力を大阪の平和運動に総結集することはできない。こういうわけでこのたび学園、職場、地域の垣根を取り払って青年会員が平和のため一堂に会する場、大阪平和委員会青年協議会が誕生の運びとなりました。なお、本総会に先立ち会員であるたつみコータロ―日本共産党大阪選挙区候補が講演を行い、「憲法を守り国防軍創設を何としても阻止しよう」と呼びかけました。
総会で選ばれた岩本悟・新議長(関西共同印刷所)はハイキングやフィールドワーク(沖縄戦跡、横須賀基地など)、大阪青年合宿など多彩な1年間の取り組みを通して150名ほどの組織にしたいと抱負を語ってくれました。
また、午前中には青年学生部の総会も行われ、委員長には鈴木久さんに代わって河戸翔平さんが就任しました。
河戸 、岩本の20代コンビの登場で青年分野での平和運動の今後の発展に期待が高まります。
4月20日「女性カフェ」が上本町で21名の参加で開かれました。まず、牧公子さん(国際婦人年大阪の会)が日本での女性の低い地位(日本の女性の地位は世界で101番目)などジェンダーについて、次に小林徳子副会長が中国での戦争体験や憲法がいかに平和を守っているかなどについて講演。この講演の後木谷千加子さん(元府障教)と永廣紀美子さん(府高教)の2人による心躍るアコーディオン・デュオ演奏。参加者は最後にお茶とお菓子でくつろいだあと、家路につきました。
◆参加者から寄せられた主な感想文を紹介します。
○「牧さんのお話で日本がどんなに女性の地位が低いのかを知りびっくりしました。選挙制度と日本の女性の地位の低さがすべてに影響していると思いました。怒りと頑張りはまず声を出すことから。頑張ります」
○「小林徳子さんの凛とした姿が今日のお話を聞いて納得しました。青春時代の戦争体験と学習がその後の生活に確固としたものを与えていると教わりました」
○「実体験の話で現憲法がいかに平和を守っているかの再確認、8つの実践はこれからの自分の行動につなげたいです」
○「戦争の歴史のすさまじさが見えるようでした」
○「手話の歌、おもしろかったです。アコーディオンもとてもよかったです」
○「お茶とお菓子、幸せ気分ありがとう」
○「今日は高級サロンでした」
「平和」とは、人それぞれ定義も考え方も見方も違うものなので、どこに焦点を当てて運営していくのかが非常に難しい。みんなが何に対してどのような問題意識を持っているのかを知らなければ、自分の想いや考え方もわかってもらえないと思います。
平和意識とは、日本と海外で大きく異なると私は考えます。外国人は、自分が何かに問題意識を感じたら、自分1人だけでも運動を始めます。日本人は、自分が少し疑問に思うことがあってもその間題が自分に直接関わりのない問題ならば、なかなか自分から関わっていこうとはしません。同じ問題意識がある人と出会って初めて運動に移そうとします。
それにプラスして、メディアへの意識がまるで違います。外国人は自国のメディアをほとんど信用していません。それに比べて、日本はメディアに左右されすぎです。メディアはとても有効な情報伝達の手段です。しかし、今の日本では、いかにマス・メディアを上手く利用するかで、「正誤」を決めているように思えます。日本人はそのことに対して、何一つ疑問を持たなくなってしまうぐらい、社会の現状に興味がなくなってしまっていると私は考えます。自分たちの生活に直結しないことでも、将来的に必ず関わってくることもたくさんあると思うので、そろそろ無関心をやめて、少しでもいいから平和な社会について考えてほしいと思います。
ここで、自分たち(大阪)での取り組みを少しだけ紹介します。大阪平和委員会青年学生部では、現在若返りを図り、さまざまな役職の後継が始まっています。20代前半のメンバーが中心に運営を行い、独自のやり方で平和運動を行っています。「企画力」と「行動力」という二枚看板で、新しい事をどんどん取り入れて運営しています。僕が海外留学時に経験した海外テイストの討論方法やプレゼンに、日本風の討議の仕方を加えた新しい方法で、一人一人ができるだけ多くの時間向き合えるような定例会の運営を心がけています。また、フィールドワークや単なる飲み会を行い、会議室外でのコミュニケーションにも力をいれています。
私は、世界とは「国がたくさんあってできている」のではなく、「人と人とのつながり」でできていると考えているので、平和委員会という組織は、そのつながりを広げていくための「キッカケ」であってほしいと願っていますし、そうしようと心掛けています。そのキッカケが楽しく、間口が広く、敷居が低いものだとわかってほしいので、今、青年学生部で活動を行っています。
(かわと しょうへい・大学4年生、大阪平和委員会青年学生部代表、同青年協議会副議長)
「第2次安倍内閣の登場で『国防軍』創設など若者を戦火に送ろうとする動きが急となる中、戦争の悲惨さ、平和の尊さをあらためて学ぼう」と戦跡ツアー第2弾「淡路島・戦跡めぐり」が春の日差しに恵まれた3月17日(日)に実施(参加27人)されました。
ツアー一行は、まず「あわじ花さじき」で菜の花などで目の保養をした後「野島断層保存館」を訪問し、18年前の阪神淡路大震災の規模の大きさ、被害のすさまじさなどについて学習しました。次に、淡路島平和委員会の間森事務局長と原田さんのお2人と合流してランチタイム(メインディッシュは淡路牛!)をとりました。このあと、原田さんのガイドで由良要塞跡地(写真左)を訪れました。「由良要塞は敵軍艦から京阪神の要地を守るために紀淡海峡に面する生石山に設けられた砲台などの防御施設。由良要塞は東京湾に次いで全国で2番目に重要な要塞だった」(原田さんの説明より)。
最後に、宝塚予科練鳴門事件で戦死した少年兵たちの眠る鎧崎の墓地(写真下)を訪れました。「終戦間近の8月2日、百余名の少年兵たちが要塞増強工事の任務を帯びて鳴門海峡を小型船で阿那賀港に向かって横断していたところ、米機による機銃掃射を受け、うち70名を超える少年たちが戦死した」と原田さんは説明してくれました。
なお、往路のバス内では学習をかねて全問正解者に図書券が与えられる「核兵器クイズ」をしました。復路ではビンゴゲーム(全員に景品)を楽しんだ後、「平和ボケしてはいられない」「学習の大切を痛感した」などツアーの感想を述べ合い、午前8時集合、午後8時解散の12時間の長旅を終えました。埼玉県平和委員会事務局長ご夫妻も同行されていたので、埼玉、兵庫、大阪の3府県合同のツアーでもあったことを報告しておきます。
このツアーでは天王寺から参加した女性が1人入会。昼食時にみんなから拍手が送られました。
2月10日より1泊2日の全国青年研修会が奈良県桜井市で開催されました。
この催しは、橋本会長が平和憲法の成り立ちと値打ちについて講演、近藤副会長が旭区平和委員会の歴史と運営についての苦労話を披露するなど大阪平和委員会が全面的にバックアップしました。
大阪からは9名の青年含め13名が参加しました。
『平和新聞2009号大阪版』より転載しています)
今、同区で平和委員会の結成の胎動が聞こえます。薬剤師の中村玉枝さんがその中心。中村さんは「会をつくるなら、将来のことも考え青年たちを包み込んだものにしたい」と考えています。まずそのとっかかりとして区内の青年たちといっしょに実行委員会を立ち上げ映画「放射線を浴びた『X年後』」自主上映会を4月6日(日)実施することにしました。そして今、この映画会を一緒に取り組む青年たちとともに5月11日の大阪総会までに会を結成できたらと仲間づくりに奮闘中です。中村さんより本紙で会の誕生まで随時報告してもらうことにします。
『X年後』上映会に向けて
2011年3月11日の東日本大震災・福島原発事故から、早2年近くになろうとしていますが、遅々として復旧・復興がすすんでいません。避難されておられる方々の内部被爆の事実も明らかにされないまま、少しずつ風化してきているのではないかと思うのは私だけではないと思います。
この映画は、59年前の3月1日にマーシャル諸島、ビキニ環礁で「ブラボー」と名付けられたアメリカの水爆実験を中心に、水爆実験の様子やその後降り注いだ「死の灰」の行方、有名な「第五福竜丸」だけでなく、約900隻が被害を受けたこと、その中の高知の高校教師や高校生たちが被害調査を丹念にされた事実を映画化されたものです。
アメリカはキャッスル作戦と称し、その後5月までに6回もの水爆実験を行っています。「第五福竜丸」が帰ってきて同年12
月末まで、放射線の汚染魚が廃棄されましたが、大阪港でも船隻数は168隻で全国最高数、廃棄量は2万貫とされています。廃棄数では三崎港が一番多く151隻5・2万貫です。年が変わった翌日からは、一切廃棄されることはありませんでした。
ビキニ環礁で何が起きたのかを知ることは、福島の原発事故後の「X年後」をもの語るものとなるのではないかとしたら・・・。ぜひ多くの方々に、特に青年たちに鑑賞していただき、福島支援のために何ができるのか、今後犠牲者を出さないための取り組みは何か、一緒に考えあいたいと自主上映会を企画しました。
監督さんは、大阪でも幡多高校生ゼミナールのような実態調査を実施して欲しいと訴えられており、何とかフィールドワークができないものかと考えています。
これまで、原水禁世界大会やNPT、福島へのボランティア参加の青年たちが反核、平和を持続的に考えてもらえるよう、西淀川平和委員会をたちあげるきっかけになればと考えて取り組んでいます。 (中村玉枝)
『平和新聞2009号大阪版』より転載しています)
先の大戦終結まぢか、大本営は、本土決戦に備えて、米艦隊を瀬戸内海に入れるなと、鳴門海峡と友ヶ島水道に砲台建設を進めていました。そこで悲惨な出来事が…
大阪平和委員会では1月に女性・青年学生部企画として、終戦まぢか奈良県天理市に柳本空軍飛行場が建設されたとき飯場と従軍慰安所跡地を訪れました。今度の企画は、参加対象を一般に広げた戦跡めぐり第2弾、旧陸軍要塞跡を訪れます。
1月26日(土)「カワタカフェ」(女性向け行事)がもたれ、18名の参加者は講演とシャンソンに魅せられた夕べを過ごしました。
パートⅠでは川田忠明(平和委員会常任理事)さんが「平和とジェンダー―なぜ女性の役割が重要か」と題して講演。その後、ファンミーティングさながら、ざっくばらんに質問する時間が持たれました。
パートⅡでは松浦由美子さんがシャンソンを熱唱してくれました。
平和創造における女性の役割を解き明かした川田さんの話と松浦さんの「よいとまけの歌」「人間を返せ」などの歌が共鳴して参加者の目に涙があふれる場面もありました。
この催しを通じて、2人の女性が会員になってくれました。
好天の1月20日(日)、この企画には12名(うち青年8名)が参加しました。
まず、終戦の間際、大和海軍航空隊柳本飛行場建設工事の際設けられた飯場(写真)と従軍慰安所跡地を訪問、強制連行と従軍慰安婦という歴史の痕跡にふれました。
次に三角縁神獣鏡の出土した黒塚古墳資料館(無料)を見学し古代史のロマンに浸りました。正午前に大和三山の見える畑に到着。皆で枯れ木を集め、火をおこし芋を焼きながら、弁当と会話を楽しみました。待つこと一時間半焼芋がほぼ完成(本当は大きな芋はあと30分焼きたかった)。バターをつけたり塩をかけたりして皆で食べました。
大阪平和委員会企画初参加の女性(写真右から2人目)が青年学生部の会員になってくれました。
皆さん明けましておめでとうございます。昨年はまさに激動の年でした。
重大な総選挙勝利のために御奮闘下さった皆さんに心から感謝と敬意をおおくりします。
しかし、選挙は、われわれが希望する歴史の夜明けにはほど遠く残念な結果でした。
国民の生活だけでなく、平和憲法が踏みにじられ、日本をアメリカの目下の同盟軍として戦争する国に変える危険も深まっていることに、平和を愛し平和を希うわれわれは一層心を引きしめて今年も日常の活動を生き生きと進めて行きましょう。
平和ほど大事なものはない。一日も早く平和・革新の日本をうちたてたいと願うわれわれの活動こそ歴史の大道です。平和委員会の一員であることの誇りを新たに、今年も皆さんがお元気で御活躍下さることを心から願って年初の御挨拶とします。
天王寺平和委会長 大江憲夫さん
あけましておめでとうございます。誕生した自公政権は、遠からず国民との間に抜きさしならな
い矛盾を生むでしょう。平和を望まぬ国民などいません。憲法9条が危ないいま、いよいよ私たちの
出番です。
(「新年あいさつ」と下記の「今年の抱負」は、『平和新聞2005号大阪版』より転載しています)
会長 飯田 正樹さん
関共平和委員会の新年の抱負は、会員を増やして、例会や交流会をしたいです。 フィールドワークや他の地域の平和委員会との交流をどんどんしたいです。
中山さん
再建して間もない支部ですので楽しくやっていきましょう。 昨年(2012年)7月1日大飯原発へ行ったんですが近づけなかったのでもう一度行ってみたいですね。
仁木さん
今年の抱負は、まずは関共平和委員会を前進・進歩・発展させる事そして私は宝くじを当てて金持ちになる事そして会・・・
岩本さん
多くの人と出会い、討論し、交流を深められる一年にできたらと考えています。また、組織の若返りにも貢献していきたいです。
《青年学生部委員長 鈴木 久さん》
2013年は、青年協議会を結成し、府下の地域・職場の青年と大いに交流できる場を作っていきたい。また、早期に百人の青年会員を達成し、2月の青年研修会、秋口にピースエッグを大阪で開催し、楽しく、普通の青年が集まりやすいような独自活動を二十代前半が中心となり、高校生や学生も組織していきたい。特に、青年の中での若返りと役割交代を促進していきたい。
大阪平和委員会全体では3月までに1300人の会員を回復し、3月の淡路島平和ツアーも成功させ、5月の総会には過去最高の会員組織にし、若者と年配者の交流を意識的に行い、笑顔と活気のたえない組織にしていきたいと思います。
一人ひとりの会員さんが平和委員会に入ってよかったと思える大阪平和委員会になるよう、ともに頑張りましょう。
《北区平和委員会事務局長
笹倉 玄さん》
2011年5月にアウシュビッツ強制収容所を訪問し「二度と同じことがあってはならない」と実感しました。「平和運動」誌1月号にピースメッセージを投稿します。ご覧ください。
2012年12月15日
大阪平和委員会
会長 橋本 敦
政府は、シリアとイスラエルの境界にあるゴラン高原の国連兵力引き離し監視軍(UNDOF)に派遣している自衛隊について、シリアの内戦激化に伴い自衛隊の安全確保が難しくなったと判断して、撤収させる方針を固めたと報じられている。
この活動は、1996年から16年にわたり行われているもので、国連兵力引き離し監視軍への輸送業務を中心とする後方支援活動に延べ1300人以上の隊員が派遣されてきた。この活動はもちろん軍事的な活動であり、憲法上認められない活動であった。それがいま、国連シリア監視団が撤収するほどシリア内戦が激化し、自衛隊も首都ダマスカスからの水やガスの輸送を今年6月に中断する状況になっている。さらに、ゴラン高原付近でもアサド政権側と反体制派の戦闘が頻発しイスラエル側にロケット弾が着弾しイスラエル側もシリア側を砲撃するなど、自衛隊も戦闘に巻き込まれかねない、事実上PKO5原則が成り立たない状況が生まれている。
こうしたなかで、ゴラン高原に派遣している自衛隊を、一刻も早く撤退させるべきなのは当然である。私たちは憲法の平和原則と隊員の安全を確保する立場から、ゴラン高原での自衛隊活動を中止し、ただちに撤退させることを求めるものである。
青年学生部定例会が12月9日に持たれました。最初に、全員の自己紹介の後、鈴木青学部責任者が11月の入会者の紹介と焼き芋パーティなど年末年始の活動計画について述べました。次に関西共同印刷所の岩本さんが被災地陸前高田市へのボランティア活動について報告。被災者が一番怖いのは忘れられることとの話が印象的でした。続いて日本平和大会初参加の学生S君が大会参加報告を行いました。S君は「海外代表と会食し話す機会を持てたし全国の20人の青年とのネットワークでの新たなつながりもできた」と素晴らしい人間関係が広がったことを強調した上で、「大阪からもっとたくさんの青年が参加してほしかった」と注文を付けました。
次にS君の一押し企画「平和」のイラスト化。B5版の画用紙と色マジックが配られ「平和」を絵で表す課題に銘々挑戦し、披露しました。イラストの稚拙は別にして各自の平和のイメージがわかり面白いプログラムでした。
最後にディベート「クリスマスは屋内?屋外?」。クリスマスを屋内で過ごす派と屋外で過ごす派の二つに分かれ、派内でそのメリットを話し合った後、両派がそれぞれイントロ、ボディ、結論と役割分担して発表しました。
関西共同印刷所の3名を含め11名と参加者が多かったことと企画の豊かさとが光った、新年につながる定例会でした。
―核兵器禁止を憲法で定め、米軍基地を撤去させ、
原発を稼動させない国フィリピン、だが巻き返しも
11月7日から11日まで日本平和委員会の主催する「フィリピン訪問、交流・連帯の旅」に参加しました。全部で21名、大阪からは私1人だけでした。現地のバスでは日本法律家協会の呼びかけで参加した大阪府知事選挙に立候補された梅田章二さんを含む五名の方と合流しました。さらに現地の米軍基地撤去20周年記念イベントでは日本から参加したアジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会の方々ともいっしょになりました。
9月から乾期に入り天気の良い日が続き、思い出深い旅となりました。私が印象に残っているのは、20年前フィリピン上院(全国区、24名)で米軍基地継続を12名の議員が反対し(憲法では成立させるためには3分の2の16名の賛成が必要、12名反対したので残りの12名が賛成しても不成立)核兵器を持ち込むことのできるクラーク空軍基地とスービック海軍基地を撤去させ、広大な跡地を、商業・工業地区とし雇用を大きく増やしてきたことです。
基地継続に反対した12名の議員の一人、ウィグベルト・タニャダさんがイベントにメッセージを寄せてくれました。その中で「フィリピン国民は自分の足で立ち、自分自身の運命を描き、自由と独立の中で、威厳と名誉をもってより一層の進歩を成し遂げることができることを(内外に)示してきた」と述べられていることに日米安保条約でがんじがらめにされている日本国民の一人として大きな感銘を受けました。
しかし、フィリピンでは、米軍との新しい協定によって米軍と比軍との合同演習がなされており、原発も再稼動をいつでもできるようにメンテナンスがなされており、これらの巻き返しを許さないたたかいが必要です。フィリピンには格差と貧困の問題もありますが、歴史的にスペイン、アメリカ、日本、そしてまたアメリカの支配とたたかい独立をたたかいとってきた誇り高い国民として、これらの諸問題を必ず解決していくでしょう。
私たちにとっても、大変励まされる旅でした。
(平和新聞2003号 大阪版より転載)
10月26日、大阪市天王寺区で「領土・従軍慰安婦問題がよくわかる平和学校」が37人で開催されました。この学習会は、憲法に保障された人権を踏みにじる自衛隊の国で民監視活動の実態を学んだ平和学校に次ぐものとして取り組まれました。
橋本敦大阪平和委員会会長の挨拶で学校は始まり、千坂純日本平和委員会事務局長が講演をしました。その中で、千坂さんは侵略戦争・植民地支配への反省の明確化と領土問題の平和的な話し合いによる解決の重要性を強調するとともに、オスプレイ配備の問題点、第3次アーミテージ報告では米国が自衛隊をペルシャ湾の掃海作業と南シナ海の共同監視に動員するため日本政府に集団的自衛権の禁止の枠を取っ払うように要請していることなどを明らかにしました。講演の後、1人の青年が「世界に多数の核兵器が存在するのに日本が米国の『核の傘』から離脱しても大丈夫なのか」と質問したのに対し、千坂さんは「今や核兵器に固執する勢力は少数であり核兵器による威嚇の悪循環から抜け出さなければ核兵器の禁止は実現できない」と答えました。最後に近藤正副会長の挨拶で閉会を迎えました。
なお、この学習会は女性と青年が多かったことと彼らを含め参加者が総じて元気だったことがその特徴で、いい学習会となりました。
一 湧きおこるオスプレイ反対の声と日米安保条約
「未亡人製造機」とまで呼ばれている危険なオスプレイが大きな国民の反対を押しきって普天間に強行配備された。本年9月9日の沖縄県民大会には十万人をこえる県民が結集し、全国知事会議でもオスプレイ反対の緊急決議が採択されるなど、今や、「オスプレイはアメリカへ帰れ」の声は全国にとどろいている。
これに対し、アメリカのパネッタ国防長官は、なんと日本国民の反対の声を一顧だにせず、「オスプレイ配備は日米安保条約上のアメリカの権利である。日本側には配備を拒否する権限はない」と居直り、野田内閣はこのアメリカの言いなりに国民の反対の声を踏みにじって配備を強行した。
まさにここに対米従属の日米安保条約の本質がある。
沖縄国際大学の前泊博盛教授が、日本にはオスプレイ配備を押しつけるのに「一方で、米陸軍は“危険だから”という理由でオスプレイの導入をやめています」「オスプレイ配備の問題は、日米安保条約の本質や矛盾、日本の民主主義の機能不全の実態、対等ではない日米関係の実態を浮き彫りにしています」と述べているとおりである。
われわれは今、このオスプレイ問題をとおして、安保条約廃棄、“オスプレイはアメリカへ帰れ!”の大きな平和のたたかいを進める展望を開かねばならない。
二 日本の法律を踏みにじるオスプレイの重大な危険
そもそも、世界一危険な普天間基地に、さらに重大な危険をもたらすオスプレイを強行配備することなど断じて許せない。オスプレイの危険性の最大の問題は、オートローテイション(自動回転)機能の欠如である。オートローテイションとは、エンジンが停止した場合に滑空により安全に緊急着陸できる機能のことである。わが国の航空法ではこのオートローテイション機能がないヘリコプターは飛行が禁止されている。
すなわち、航空法第十一条は「航空機は有効な耐空証明を受けているものでなければ、航空の用に供してはならない」と定め、その「耐空証明」、すなわち「飛行安全証明」を受けるためには、航空法施行規則は、ヘリコプターは「全発動機が不作動である状態で、自動回転飛行(オートローテイション)により安全に進入、着陸することができるものでなければならない」と定めている。そのため、オートローテイション機能のないオスプレイは、この「耐空証明」が受けられないから、飛行することは認められない。
それなのにオスプレイはなぜ飛行できるのか。それは航空法の特例によって米軍機には前記の航空法第十一条の適用が除外されているからである。「日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」の第2項は次のように定めている。
「アメリカ合衆国の軍隊のために運航される航空機については、航空法第十一条の規定は適用しない」
米軍の特権的優位を認めるこの航空法の特例によって、日本中のどこでもオスプレイの配備と飛行が認められるのである。断じて許せないではないか。
オスプレイ反対の国民のたたかいは、屈辱的な安保廃棄、「オスプレイはアメリカへ帰れ」という大きな平和のたたかいにしてゆかねばならない。 (以下次号)
秋晴れの10月6日、八尾平和委員会の呼びかけで参加しました。
毎年、同じようなことをしているようでも、情勢を反映して少しずつ違っています。今年は、駐屯地司令官、自衛隊協力会会長、来賓の3人の国会議員のあいさつは共通して領土問題一色でした。いわく、「尖閣諸島、竹島、千島問題で国民は自衛隊に期待している。東日本大震災の救援活動で今や自衛隊は圧倒的に国民に支持されている。誇りを持って任務に当たってほしい」と。3人の国会議員はそれにプラスして「防衛予算を増額するように努力する」と。さらにその中の長尾氏(民主党)は「尖閣諸島の近くまで船で行ったが荒れた岩だった(上陸して実効支配が必要と言いたいのか?)」「自衛隊員の身を守る法整備ができていない(武器使用を可能にするよう法整備するということか?)」と述べ、谷畑氏(自民党から維新の会に鞍替え)は「日米同盟の強化」(維新の会の主張そのもの)」を述べていました。
また観客席では大きな「日の丸」を掲げた初老の男性がずっと立っているなど、これまでと異なった光景も見られました。
私は領土問題で軍事的に対応を強化していることの危うさ、きちんと日本の立場を表明し、冷静な外交努力で解決するよう世論を高める必要を感じました。(10月9日の「9の日」宣伝で、通行人の中で「平和々々と言っていたらなめられる」と言っていた人がいた―近鉄山本駅)
なお、当日の参加者の中で、「八尾に40年住んでいるが、まだ一度も駐屯地の中を見たことがないので来た」という方もおられ、大変意義のあることだと思いました。
K印刷会社の平和委員会準備委員会が9月24日9名の参加で行われました。準備委員会では、10月16日(火)18時から再結成総会を行うことが確認されました。
再結成総会に向け、4人の呼びかけ人が選出されました。20人を目標に会員拡大しようと話し合われました。
大阪平和委員会は、16日に開催された大阪社会フォーラム・ワークショップ「基地のない新しい世界は可能だ」で、田口理事長代理が制作したオスプレイの模型と今年2月のグアム平和ツアーでとった写真を展示しました。
模型の展示コーナーには多くの人が集い、オスプレイ批判に花を咲かせました。
午後のシンポジウムの中では沖縄の代表がこの模型を手にしてオートローテーション機能のないオスプレイがどんなに危険なものか、エンジンが停止した場合、「この模型でよく分かるように」翼の形からしてどすんと地上に墜落するしかない構造的な欠陥を指摘しました。
この模型は、生野でも10月に展示される予定と引く手あまたといったところです。
グアムの代表のリサさんは、グアムの写真展示コーナーがあるばかりでなく、自分が写っている写真も含まれているのを知って感激していました。
9月11日、「劇・普天間を観る会」実行委員会が開催され、近藤副会長が、7月の旭区の沖縄平和ツアーの中でつくった川柳十首を読みあげながら普天間基地の危険性などを告発する報告をし、好評を博しました。
学習と活動報告、交流の中で職場のとりくみの具体化すすめる
9月7日(金)夜、K印刷所食堂において、同社社内共闘による「平和を学び語るつどい」が開かれました。
その一部では原水爆禁止世界大会参加者の浅野さん(奈良平和委員会会員)が報告し、続いて鈴木久さん(日本平和委員会青年委員会責任者)が「核兵器廃絶運動の歴史から核兵器廃絶への道」という内容でパワーポイントを使って40分ほど話をしました。
参加者は15人と多くはなかったものの、2部の交流会ではそれぞれが今年の3・1ビキニデー参加の報告、国民平和行進や署名に取り組んだ感想、来年も平和行進に参加する決意の表明など活発に行いました。このつどいを通して2人が入会してくれました。
その後、以前100人を越える会員組織だった職場平和委員会の再建を!との声も 出ました。今後に期待してください!!
大阪平和委員会は、8月25日(土)に大阪中央区で平和学校①「憲法・人権問題学習会」を33名の参加で行いました。テーマは「自衛隊の国民監視活動差し止め訴訟:一審判決の意義と今後のたたかい」、講師は仙台の小野寺よしかた弁護士。
小野寺弁護士は、「2007年6月に発覚した陸上自衛隊情報保全隊作成の内部文書にはイラク自衛隊派遣に反対する市民運動を監視する詳細な記録が満載されていた」「私をはじめ東北地方の107人が原告となり、監視行為の差し止めと国家賠償を求めて仙台地裁に提訴し一審で勝利判決を勝ち取った」「判決は、自己の個人情報をコントロールする権利を人格権に位置づけて、自衛隊情報保全隊の情報収集・保有行為を違法と判断し、主文で損害賠償を認めるものだった」「9月21日から始まる控訴審では、原告団は監視行為の実態解明とともに違憲判断と差止めを求めてたたかう」と述べました。
この講演を聞き「自衛隊による国民監視活動を許せば後には戦争がやってくることがわかりました。戦争をとめるためにいま何ができるかについて考えさせられた学習会でした」と感想を寄せた方がいます。
大阪平和委員会は、今回の学習を力にして小野寺弁護士たちの控訴審でのたたかいを支援していく決意です。
☆中村くんレポート
2日目、青年のつどいに参加。語り部の岩佐さんから当時の生々しい話、これからの草の根運動のあり方など様々なお話をお聞きました。今も昔も変わらない国の責任問題、声を政府に伝えて行くこれからの運動…「前向きにやらなくちゃ」と勇気をいただきました。
「核と闘っているということは素晴らしい人生だよ」。今、自分が広島にきていることに、新たな意味が見出された気がします。
☆西川さんレポート
広島で何が起きたかは誰もが知っていますが、それを見たり聞いたりしないと次第にマヒして、仕方ない戦争もあるのでは…などという考えも出てくると思います。資料館では目を背けたくなる様な展示がたくさんありましたが、これが実際に起こったことだということを忘れてはいけないと感じました。
また野田首相が平和記念式典で、最後に申し訳程度に「中長期的に国民が安心できるエネルギーへ…」とやんわり言ったのが腹が立ちました。広島の被爆者も福島の被爆者もこれからずっと苦しんでいくことになるのに、核兵器と核エネルギーを関係ない物として見ている感じがして、分かってないなぁと感じました。
米国は、欠陥機オスプレイ(12機)の岩国での試験飛行と沖縄・普天間基地への本格的な配備を狙っています。
これに対し7月22日(日)岩国市で1,100名の参加で緊急市民集会が開かれ、大阪平和委員会からも青年2名(写真)を含む4名が参加しました。
岩国集会に参加して
前日、芸北町(現北広島市)を訪ね、ブラウンルートやエリア567での米軍による低空飛行の実態調査に参加。オスプレイの低空飛行訓練計画が大問題になる前から行われていた米軍の訓練は、マスコミがあまり取り上げてこなかったのが実態。オスプレイは現在発表されている6ルート以外に前述の2ルートを含め8ルートで訓練する計画。ブラウンルートに当たる芸北町は本当に静かな山間にある。こんな所を米軍機が低空飛行するなんて想像しくいが、事実なのです。今は退職されたが、町役場に勤めていた女性が仕事として米軍機飛行の記録係りを担当。いつどこに現れるかも知れない米軍機に面食っていたが慣れると大体、爆音で機種が分かるようになる。夜間飛行の爆音に驚くことも。突然頭の後ろから飛び出したり、グルグル同じ場所を旋回したり、本当に大変だったとバスに同乗して生々しい話をされました。
また2004年8月に沖縄国際大学にCH―46輸送ヘリが墜落事故を起こして、大惨事寸前だったことは記憶に新しいですが、沖国大事故の4カ月前に同じ機種の飛行機が、この芸北町の川に墜落していたことをはじめて聞いてびっくり。またブラウンルートでは昨年、岡山で低空飛行中の米軍機の大きな風圧の影響で民家の土蔵が崩壊する事故が発生。高知から和歌山、奈良方面に当たるオレンジルートでも事故はありました。高知の早明浦(さめうら)ダムに米軍機が墜落しましたし、奈良県十津川では林業用のワイヤを切断する事故も起きています。今のCH型輸送機の事故も多いけれど、オスプレイに変更され、実際に訓練に使われるとどれだけ事故が増えるか予測できません。絶対に止めなければなりません。「日本の国内で勝手気ままに訓練するな。日本はアメリカの植民地か!」と言いたくなります。米軍機の事故は原発事故と同じで、事故を小さく見せたり、事故を隠したり、事故報告書の改ざんを強要したりしています。それに野田首相は「アメリカにああやこうやと言えるものではない」とアメリカいいなりを自ら認める発言をしています。
岩国の集会にはヘリパッド建設反対で座り込みを続ける沖縄の高江からも参加され、オスプレイ配備反対の声は国民的世論となっています。いくら森本防衛大臣がオスプレイに試乗して「快適な飛行だった」といっても、事故がなくなるわけではありません。やはり不平等性がはっきりした日米安保条約をなくす運動を今こそ大きくすることが大事だと痛感しました。前日に低空飛行の実態を知ることが出来たのは私には大きな収穫でした。
(八尾平和委員会・奥村正憲)
米国は、7月下旬欠陥機オスプレイ(12機)を岩国に陸揚げし、機体を組立てて2週間程度の試験飛行を行い、8月に沖縄・普天間基地に配備し、その後全国6ルートで低空飛行訓練を実施する計画です。
これに対し、山口、沖縄だけでなく、低空飛行訓練ルートに当たる和歌山県知事なども反対を表明。7月22日(日)岩国市で市民集会(大阪安保のバス派遣要項)、8月5日(日)沖縄(大阪安保の派遣要項)で県民大会が開催されます。
―以下、平吉くんと和子さんのオスプレイ談議です―
平吉 米国はOC46ヘリの後継機種として何回も事故を起こしているオスプレイ普天間基地に配備したいといっているね。
和子 オスプレイとは、ヘリコプターのように垂直に離着陸が可能な新型の輸送機のことよね。よく事故を起こすので未亡人製造機というそうよ。そんな危険なものをどうして沖縄の普天間基地に押し付けようとしているのかしら。
平吉 最高速度はこれまでのヘリの2倍、搭載量は約3倍、飛行距離も長く沖縄~朝鮮半島間を空中給油1回で往復できるすぐれものだからだ。
和子 先日読んだ本には「墜落の危険性も高いオスプレイを、都市のど真ん中にある普天間飛行場に配備すれば、どうなるか。米軍の方がよく知っている。だから(辺野古の)海上ヘリ基地が必要なのだ」と06年に防衛省幹部が言った言葉が紹介されていたわ。
平吉 オスプレイの配備を強行して普天間基地の固定化の事実を沖縄県民に突き付け、それがいやなら辺野古新基地建設を認めろという作戦だよ。配備撤回を求める署名をたくさん集めるなどして、オスプレイは米本土にお帰り願おう。
大阪平和委員会は、6月30日と7月1日に東京で開かれた日本平和委員会定期全国大会に1300人の会員を持つ日本最大の組織として参加しました。
大阪は、4月初めに開催された常任理事会から総会を経て大会まで橋本会長を先頭に統一行動日を設けるなど全組織あげて1300人(4月初時点であと57人)のゴールをめざして奮闘しました。
会員拡大では、日本平和委員会全体の月間の拡大数の3分の1を大阪が担ったことはその真骨頂を示すものでした。
平和新聞、平和運動の二つの目標はあと少し残したものの、大阪での奮闘が、日本平和委員会全体の3指標での増勢につながったことは間違いのないことです。
新しく参加した仲間の力も借りながら、橋下〈維新の会〉による「憲法特区」政治、オスプレイ配備、原発再稼動を許さない取り組みを強化していきましょう。
7月9日、関目学園・福祉祭り「平和のひろば」推進委員を対象に情勢と課題に関する学習会が「すみれ共同作業所」で開かれました。参加者は若い保母さん3名を含む12名。
講師の上羽事務局長が、「世界では、仏大統領選でのオランド大統領の誕生に見られるように格差反対の運動が拡大している。この日本も例外ではなく、6月29日には脱原発で若者たち20万人が首相官邸を包囲する力強い胎動(事務局長も参加、下がその写真)が見られる。金脈・人脈におもねって原発再稼働容認に豹変した橋下「維新の会」は脱原発で日本のリセットを夢見る若者たちに見放されることは明らかだ」と新自由主義に対する運動の大切さを説いた話を行い、その後意見交流を行いました。
秋に開かれる福祉祭り「平和のひろば」への弾みとなるいい学習会でした。